読書アラカルト(4)「知っておきたいこの一句」

 これは、現代俳句を代表する女流俳人黛まどかの著書である。2007年6月18日初版。PHP文庫。514円。
 本書では、著者が日頃から愛誦する「大切な一句」を四季の移ろいとともに紹介している。早速、私が好きな句を選び、著者の句評を記すことにしたい。
 <春の句> 春の鳶寄りわかれてはたかみつつ  飯田龍太
 この句は、鳶の恋の情景を詠ったものです。雌雄二羽の鳶が、春ののどかな空をほしいままに、寄ったりわかれたりしながら睦んでいるのでしょう。この句のテーマは、成就への高み、飛翔です。そこにはおのずと作者である龍太先生の志の高さが表れていると思います。相寄ったり離れたりしながらも、常に高みを目指してゆく精神。恋にかぎらず、日々かくありたいと思う私です。
 <夏の句> 涼しさや鐘をはなるる鐘の声  與謝蕪村
 涼風の吹く夕暮れに、寺から響いてくる鐘の音を詠んだものでしょう。鐘の音色によって“涼しさ”がいっそう増したともいえます。鐘から離れた鐘の音は、まるで魂を持ったかのように、空間を渡ってゆきます。“涼し”は夏の季語。
 <冬の句> いくたびも雪の深さを尋ねけり  正岡子規
 たいして間を置かずに、幾度も幾度も雪の深さを人に尋ねています。雪はそんなにすぐには積もらないのに・・・。しかし私たち読者は、純白の雪の背後に一抹の翳(かげ)りをまた見出すのです。作者である正岡子規の病床吟であることを知ればなおさら、童心に返って雪にはしゃぐ子規の姿に、悲しみを覚えずにはいられないのです。 

知っておきたい「この一句」 (PHP文庫)

知っておきたい「この一句」 (PHP文庫)

 昨晩浅草で、尊敬して止まないOさんと一献献上。彼の趣味は、登山、サイクリング、そして短歌。短歌はある吟行会に所属し定期的に詠んでいる。そして、Oさん、季語に対する考え方や吟行のあり方などを改革したのは黛まどかであると説く。もちろん、それは短歌の世界にも影響を与えているという。短歌も、どう感じ、どう思うかを表現すればいい。「あなたも短歌やらないか」と迫られたが、「センスがないから」と断る。しかし、句評ではあるがこの書をOさんに捧げたい。
 <秋の句> 曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて  野見山朱鳥
 紅連の炎が飛び散るように、曼珠沙華が赤い花びらを散らしています。曼珠沙華が散る様子を、“赤きに耐へかねて”と把握した作者。自らの炎に身を焼きつくすかのようにその生涯を果てんとする曼珠沙華に、私たち読者は自らの内なる炎を、あるいは作者の内にある炎を見るのです。
 たくさんある掲句の中から4句を選んだが、その中でも<秋の句>の、曼珠沙華・・・がたまらない。我が生涯もそうありたいものだ、と願うからである。その曼珠沙華が今を盛りに咲き誇っている。
 ここでは、著者の句評は一部割愛してあるが、それでも充分に表現世界の深さを感じる。句評と併せて作者評伝も胸にせまるものがある。赤貧の小林一茶、病魔と闘う正岡子規松尾芭蕉を慕う與謝蕪村たちの生涯・・・。
 黛まどかは、句集として、「B面の夏」「夏の恋」「花ごろも」「京都の恋」「忘れ貝」など、著書として、「聖夜の朝」『ら・ら・ら奥の細道」』「サランヘヨー韓国に恋して」「17の交響曲(シフォニー)」などを著している。