読書アラカルト(6)「英語の歴史」 寺澤 盾著

 今や英語は世界人口の4分の1にあたる約15億人によって母語公用語・外国語として使われる世界語・国際語となっている。しかも、英語の歴史はわずか1500年なのになぜこんなに多くの人々に使われるようになったのか。また、英語は、今後将来にわたってもその地位を保ち続けられるだろうか。こんな興味や疑問を抱いている人々もいるはずである。本書はみごとにそれらの疑問を解明している。

英語の歴史―過去から未来への物語 (中公新書)

英語の歴史―過去から未来への物語 (中公新書)

 およそ1500年前、英語という言語を話していたのは、アングル人、サクソン人、ジュート人、フリジア人であった。もともと英国のブリテン島に住んでいたのではなく、彼らはいずれもゲルマン小民族であり、ヨーロッパ大陸デンマークから北西ドイツ及びオランダに居住していた。彼らの話していた言葉はドイツ語、オランダ語デンマーク語などのゲルマン系言語である。英語のfather, mother, brother, house, sing はドイツ語では、Vater, Mutter, Bruder, Haus, singenであることからもゲルマン系言語とつながりがあったことが想像できる。
 8世紀半ば以降、英国は北欧のヴァイキングの侵攻を受け、1016年には北欧のデーン人が英国王になった。それから50年後の1066年には、いわゆるノルマン征服という事件が起こった。その結果、英国ではフランス語が支配層の言語となり、英語は表舞台からしばらく消えることになった。英国人でも英語でなくフランス語、ラテン語を使うことになった。
 1399年、ノルマン征服以来、初めて英語を母語とするヘンリー4世が即位、1485年、ヘンリー7世即位、1558年にはエリザベス1世の即位(1603〜)により英語が徐々に復権していった。さらに、1607年、ヴァージニ州ジェームズタウンへの英国人によるアメリカ入植、1620年、ピルグリムファーザーズがメイフラワー号でプリマスに到着するなど、英語が世界へどんどん拡張していった。
 このような歴史は言語にも大きな影響を与えた。中でも長期にわたるフランス出身の支配者層の影響で大量のフランス語が英語に取り入れられた。いわゆる借用語である。その数約7500語が現代英語に伝わっている。bill, parliament, judge, money, army, battle, war, fashion, diamond, pearl, broil, fry, cabbage, onion, lettuce, grape, beef, pork, veal, bacon, sheep, uncle, aunt, parent など。
 その他に、ドイツ語、ラテン語ギリシア語、イタリア語、デンマーク語、日本語等からの借用語が相当数ある。日本語はどのくらい英語に借用されているか。『オックスフォード英語辞典』に収録されている日本語を語源とする語は約400。ただし、一般の英語母語を話す人が知っているのはそのうちごく一部であろう。katana, tatami, azuki, zazen, Zen, hara-kiri, geisha, judo, sushi, kamikaze, tsunami, haiku, Kabuki, wabi, sabi, yukata, kogai, shosha, karaoke, otaku など。
 英語の綴り字と発音のずれは悩ましいがこれもフランス語等の影響によるものである。英語では、nightのgh、knowのk、doubtのb、handkerchiefのdのように、綴られていても発音されない文字がしばしば見られる。
 ところで、英語の使用者数はどのくらいか。(1)英語を母語として話す人(英国、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)は3億2000万〜4億人。(2)英語を第2言語として話す人(ナイジェリア、インド、シンガポールなど70カ国)は3億5000万人。(3)英語を外国語として用いている人(日本、韓国など)は7億5000万人。それぞれの人口を合計すると前述のように約15億人になる。
 最後に、英語の未来については、結論的には英語の発達を阻害する要因があったとしても今後50年くらいはその地位を保持するだろう。現在の米国の圧倒的な政治・経済・科学技術・軍事力分野での英語の普及を考えるとそのような結論になる。
 ちなみに、2050年までの英語使用者の推定数は、前述の(1)は5億人、(2)は5,5億人(3)は9億人、合計19億5500万人で、4,5億人増になる。ただし、綴りや発音や、文法、類義語等の統一・簡略化を図りより国際化に向けて変容していくことは否めない。

 以上が本書の概要であるが、英語に対する興味・関心を駆り立てる一冊である。定価は、780円+税。