生活の「文字」

 毎日、しかも楽しみにして読むのは新聞。目を通す順番は、スポーツ、政治、社会面、その他。大きな時事やスポーツニュース等は就寝前にすでにテレビ、ラジオ、インターネット等で見聞しているので、朝刊はそれらを再確認しながら読む。今や、iPad や PC などの情報機器で新聞も週刊誌も読めるが、生活や教養のためにより多角的に情報を収集するにはまだまだペーパーとしての新聞は必要だ。
 また、毎日、目にする文字として、携帯やPC のメールがある。たくさんの メール 仲間がいて、打ち合わせや連絡、相談ごとなどはほとんどこのメールで済ませている。写真も送れるし、実に便利で、もう必需品である。ツイッターなるものもあって、有名人から一般人の「つぶやき」をリアルタイムで読むことができる。
 その分、はがきや便せんに手紙をしたためて送ることが少なくなった。メールで恋文も伝えられる時代に。かつて手書きの手紙に胸をときめかした時代の経験者はそれ以上にラッキーだ。心を込めた手書きの手紙文の価値観は今も変わらないと思うので、文字の巧拙はともかく、ペンや筆を使うよう心がけたいものだ。
 だんだん億劫になり始めたのが読書。特に、長編小説を読破するのは根気がいるし、時間もかかりたいへんだ。それでも、自分の好みに叶えば読通せるような気もするので、読む本をよく選ぶことかな。それにしても、小説家の頭脳はしたたかだ。ストーリーの構成もさることながら語彙の豊富さには感服させられる。意味が分からないと、辞書を引くようにしているが、まさに「ぴったり」の表現であることが分かり納得し、感心する。読書のおもしろさの一面かも知れない。
 この拙文オン パレードのブログについても触れたい。始めたのが、2010年11月。もう、2年8ヶ月になろうとしている。ボケ防止になるかな、とか、日記代わりになるかな、とか大層な動機も意図もない。そうしているうちに、いつの間にか習慣的になって月4〜5回書いているが、読んでいただいた方から感想や誤記の指摘なども頂戴し、事実関係についてはよく調べるよう心している。その緊張感を大切にしている。
 また、先般紹介させていただいた「ぼけ防止予防10か条」の一つに、「考えをまとめて表現する習慣を」がある。なるほど、「ブログ」もその一つになるかな、と一人合点している次第。文字離れしないように、また、生活の一部として生かしていきたいとの願いもあって、当分、書き続けるつもりである。