読書アラカルト(14)「知の逆転」ジェームズ・ワトソン他

 「本書に登場する人々は、世界の叡智であるのはもとより、その正直さ、潔さ、勇気の点で、ぬきんでている。敵が百万あろうとも、自らよって立つプリンシプルを曲げたりひよったりしない。周囲の人々や、時代の潮流というものに安易に流されず、いかに不都合であっても、いかに多くの反発を受けようと、孤軍奮闘もいとわず、ことの本質を見つめようとする人たち」
 これは、生理・生物学者言語学者、脳神経科医、コンピュータ科学者、応用数学者、分子生物学者の6人にインタヴューして、翻訳・編集を担当したサイエンスライター吉成真由美の「まえがき」である。彼女は、元NHKのディレクターで、マサチューセッツ工科大学で脳および認知科学を、ハーバード大学大学院で、心理学部脳科学を専攻し、「やわらかな脳のつくり方」「「カラフル・ライフ」などの著書がある。

知の逆転 (NHK出版新書)

知の逆転 (NHK出版新書)

ーいじめはどうして起こるのでしょう。
ダイアモンド「いじめはアメリカやイギリス、スカンジナビアでもしょっちゅうありました。現在、スカンジナビアやイギリスでは、いじめは犯罪として認定されていて、スウェーデンでは子供を叩くのは犯罪です。約30年前はそうではありませんでした。日本でもいじめを時代錯誤な暴力として認識し、容赦しなければいい」
ー理想的な教育とは。
チョムスキー「理想とする教育とは、子どもたちが持っている創造性(Creativity)と創作力(Inventiveness) をのばし、自由社会で機能する市民となって、仕事や人生においても創造的で創作的であり、独立した存在になるように手助けすることです。こういう教育だけが、進んだ経済というものを生み出すことができる」
ー人間の能力のうち、どれくらい遺伝子で決まり、どれくらい教育または環境で決まっているのでしょうか。
サックス「知的能力というものは生まれつき決まっていて、その才能以上に這い上がろうとすると大失敗をするし、それ以下でくすぶっているのは恥ずべきである、という見方がある。また、その全く逆に、人間の能力は全て教育と環境の結果である、という主張もあるので、どう答えたらいいのかわかりません。ただ、遺伝子、環境の両方とも深く関与していると思います。最近、経験(環境)が遺伝子の発現を促すことも分かってきました。ですから、遺伝子を持っていても環境の手助けがなければ宝の持ち腐れになってしまう」
 インタヴューの中から教育に関係するものを中心に抜粋して紹介したが、実に明解なので、おもしろい。その他に、宗教、資本主義、インターネット、科学、性などに関する質問の答えも潔く、叡智を感じた。それぞれの分野のエキスパートが世界観に立って語っているからである。最後に、ワトソンへのインタヴューをどうぞ。
ーあなたがいま最もエキサイトしている事柄は何でしょうか。
ワトソン 「ガンを治すことです。とうとうガンの基本というものを突き止めるようになったのではないかと考えるからです。強い痛みをともなう化学療法をやりながら死ぬというのは、本当にひどいことだ。だから、私の目的は、患者を苦しめない化学療法を生み出すことです」
 本書は、2012年12月発行、2013年8月には18万部に達している、という。