読書アラカルト(16)「オー!ファーザー」 伊坂幸太郎著 新潮社

 高校生の由紀夫は背が高く美男子で、バスケット部に所属し学業の成績もいい。理想的な高校生である。同じクラスの多恵子は由紀夫に好意を抱き接近しようとするが、由紀夫は彼女に興味を示さず素っ気なく対応する。多恵子は由紀夫には何か秘密があり、それを知られたくなく逃げていると思うようになり、会うたびにねほりはほり聞き出そうとする。ある日、多恵子は下校する由紀夫を捕まえて「一緒に帰ろう」と誘い、そして、ついに由紀夫の家に乗り込んでいく。
 よくあるラブストーリーのプロローグである。我々の時代にもこんな甘い、いい思い出のある御仁は万といるであろう。作者のノスタルジーであるかも知れないが、今風の高校生に置き換えると実にストレートである。多恵子は巧みに由紀夫が最もいやがる家族構成を聞き出して、由紀夫には、なんと四人の父親がいることが分かった。しかも母子含め六人家族で、全員同居している。このストーリー展開に私もびっくり仰天!
 父その1・悟は最年長で深い見識を持つ大学教授。父その2・鷹はチンピラ風のギャンブラー。父その3・勲は格闘技が得意の中学教師。父その4・葵は元ホストでバーの経営者。四人の父親は皆個性的であるが、妻、智代を愛し、由紀夫は自分の子どもだと信じていて、皆、マージャン好きであることは共通している。由紀夫は生まれた時から同じ環境で育ったので、他人が思うほど違和感はない。試験中でもマージャンによく駆り出される。
 父親たちがいかに個性的であるかを物語るシーンがある。ある店内で、4人の父親と由紀夫は喫煙や飲酒をしている勲の学校の中学生に出くわす。勲は「おまえか。何、煙草を吸ってるんだ」と言うが早く中学生の手にある煙草を奪っていた。「てめえ、学校じゃねえのに威張るんじゃねえよ」と彼は立ち上がり、威勢よく勲に顔を近づける。後ろでは、悟や鷹、葵、由紀夫が緊迫場面を見ていたが黙ってはいない。
 鷹「おまえさ、何で煙草を吸ってんだ? 理由言ってみろ」中学生「吸いてえからだよ」鷹「ばーか、不良は煙草を吸うものって、思い込んでんだろ」中学生「うるせえな」鷹「どうせ吸うなら葉巻にしろよ。そのほうがまだ個性的だ」悟「店内では静かにしてろ。他の客の迷惑になる」中学生「うるせえな」勲「とにかく、煙草はやめろ。学校に真面目に来い」「真面目に学校へ行かないと、こんな大人になる」葵が、鷹を指さす。交わす会話が現代の若者を巧妙に映し出している。
 父親たちが帰りかけると、由紀夫は、いったん中学生の前で立ち止まって「おれの父親たち、訳が分からなくて悪かった」と謝る。
 由紀夫はそれでも四人の父親からいい社会勉強を教わっていると思う時もあり、また、いつの日か、四人の父親も一人ずつ消えていくものなのだから、寂しさも四倍なのか、とふと思うこともある。周囲の懸念をものともせず高校生活を送る由紀夫。父子関係が難しい世の中だけに異色とも言えるテーマ設定だ。しかも四人父親とは。
 著者は敢えて非普遍的なテーマに挑んだのかも知れないが、由紀夫の周囲で起こったいくつもの事件はサスペンス的であるものの「明日は我が身」を思わせる。世の中には予想もしない現実や理不尽なことが多い。若者にはいい社会勉強になると思うのでぜひ読んでほしい一冊である。「事実は小説より奇なり」を彷彿させる伊坂小説に酔わされた。750円(税別)

オー!ファーザー

オー!ファーザー