喜寿祝・同級会

 7月24、25日、中学校卒業60年、そして、数え歳で「喜寿』になる我が同級生。思えばよくぞここまで生きてきたもんだ!80名の同級生のうち無念にも18名が鬼籍に入っている。開会の前に黙祷を捧げると一人ひとりのなつかしい顔が浮かんできた。今回は、まさに万難を排して26名が出席した。
 夫の介護18年というH子さん。今、夫は歩行困難で車いすの生活。週3回、透析のため病院の車で通院。あとは彼女が自宅で付きっきりで身の回りの世話をする日々。それでもいつも明るく、時々電話がかかる。今回はショートステイを申し込み、留守は娘さんに頼んで同級会に駆け付けた。一時の開放感に浸りながら同級生との再会に感涙しながらも笑顔が絶えなかった。翌日は実家に立ち寄り、すぐに帰宅。心なしか腰が前かがみに見えた。
 数年前、奥さんに先立たれ、一人娘も嫁いで、函館で一人暮らしのA男さん。「洗濯や掃除は電気製品で簡単にできる。食事はご飯だけ炊いて、おかずはスーパーなどで調達。昼だけ宅配をとっている。自宅での調理はしない」という。どうやら好きな酒もあまり飲まなくなり、健康状態もよく、一人暮らしを楽しんでいる様子。「寂しい時もあるが今がいい」と。離婚や子育てで苦労した時代があったのでそういう心境がよく分かる。遠路、毎回出席。
 S子さんは、還暦の頃、大きな病気にかかり生死をさまよう時があった。夫は全力でその看病にあたった。幸い、S子さんは後遺症は残ったものの一命をとりとめ、普通の生活を送れるまで回復した。ところが、看病にあたってきた夫が体調を崩し、入院することになった。みるみるうちに病状は悪化し、入院して2週間もたたないなか還らぬ人となった。ご本はわかっていたようだが「末期ガン」だった。もう13回忌になるというが、S子さんは献身的に尽くしてくれた夫のことを誇らしげに語ってくれた。

      同級会会場            校歌「みよ、中尊の法灯の・・・」

 隠し芸も飛び出す2次会 実に仲の良い仲間だ。「吾亦紅」で仲間を魅了するOさん 

 私たちは昭和30年3月、中学校を卒業したが、その年に校歌が誕生した。同級会では必ず歌う。「見よ、中尊の法灯の・・・」で始まる校歌には村の風土や光景、歴史が謳われている。同級会の会場は平泉町の某ホテル。平泉といえば平成23年に世界文化遺産として登録された中尊寺毛越寺などの建築や庭園、名勝、考古学的遺跡群がある町。今次は同級会翌日、ガイドさんを付けて世界文化遺産の遺跡巡りをした。見違えるほど自然保護も含め整備され、浄らかな仏の世界を作り出している。

 同級会を欠席した人の伝言にも心打たれた。「歩行困難」『昨年5月から今年の4月まで手術4回で体調不良」「病に倒れ5年目、遠出は無理です」「主人の肺気腫が心配で」「骨粗しょう症による圧迫骨折来10年、やっと散歩するだけ」『8月膝の手術、7月は検査あり・・・」
 自分自身の体調不良や家族の介護がほとんどであるが、誰もがこの先含め避けては通れない事情ばかり。加齢ゆえとはいえ苦労している同級生の皆さん、耐えながらも、この先明るい展望を期して、頑張ってほしいなぁ。次は3年後に「傘寿祝・同級会』が待っているから・・・。

   中尊寺へのなだらかな階段       毛越寺(もうつうじ)の浄土庭園