大々先輩に励まされて・・・

 先般、故郷の大々先輩から熱いお手紙を落掌、恐縮するばかりであった。
 小生、妻ともに83歳、ずいぶんと歳をとり、無計画でその日暮らしの現実です。幸い、健康には恵まれていますので助かっています。月に数回のゴルフを一球ごとに反省を口にして後悔したり、喜んだりと楽しさを味わっています。長男、次男ともに市の職員としてそれなりに頑張っている様子です。たまには、皆んなで一杯やりながら楽しんでいます。長男の孫は東京の外資系証券会社に就職して、めったに帰省しないのが残念です。
 これは、先輩の幸せな近況を記した部分で、ご子息や孫にも恵まれ素晴らしい老後を過ごされている様子が窺われる。この幸せは一朝一夕にして手に入れたものではないので、「さすが大先輩!」といつも敬服している。若い頃から、仕事も私生活も人一倍頑張って、努力と苦労の多い人生を送ってこられただけに、なおさら畏敬の念が募るばかりである。
 先輩は、7つ年上の同郷人であるが、私が小学生の頃から文字通りお世話になっている方である。先輩は、地元の県警警察官になり、県内各地を転勤。実直で、努力家で、熱血漢でもある。職務は長年の努力を認められて、数々の表彰を受け、立派な管理職になり退官された。役職を離れても先輩後輩たちから慕われるお人柄である。
 若い頃は、野球が大好きで、村の青年団野球部では外野を守り活躍された。たまたま、先輩のエラーで負けた試合があったが、みんなに申し訳ない、と大声で泣きはらしていた。いくら慰めても聞き入れなかった光景が今も鮮明に浮かんでくる。もちろん、先輩が大活躍して勝った試合も多く、信頼は厚かった。
 私も小学生の頃から野球が好きで、青年団の練習や試合の時は「ボール拾い」といって、田んぼや藪の中に入ったボールを探す役をした。先輩とはその頃からの繋がりであるように思う。私の現職時代はもとより、退職した現在に至るまで、「真面目に、しっかりと仕事をしなさい。信頼は後から付いてくるから・・・」といつも暖かい励ましの言葉を頂いている。「真面目に・・・」はまさに先輩の人生訓そのものである。
 「一度でいいから、元気なうちに会って、出来たらゴルフをやりたいなぁ」という電話をいただいたことがある。私が盛岡へ出向けば実現することであるが・・・。なんとかその機会を窺っているところである。何れにしても、こんなに長きにわたりご交誼頂いていることにどのようにして報いればいいか、思案中である。
 加齢世代にあって後輩を思いやってくださる先輩がいることは、この上なくたいへんもったいないことであり、また、ありがたく、どんなに励まされたか計り知れない。どうか、まだまだ元気でいてほしいと願うのみである。