交友録  6月の場合

 5日(日)*第37回岩手県人の集い 会長あいさつ「明治29年6月15日、昭和8年3月3日にマグニチュード8の三陸地震があった。死者はそれぞれ2万2千人、3千人であった。確かに昭和の津波は、今回の場合と比べるとおとなしい津波と言える。人々は知らず知らずに三陸津波はこの程度のものだ、と教え込まれていた。しかし、今回の津波により、津波はここまでは来ないはずだ、と信じていて亡くなった人が大勢いた。宮古、釜石、気仙沼はじめ沿岸の街は烏有に帰してしまった」と痛惜の念を語る。(日暮里、ラングウッドホテル 参会者約500人)
 7日(月)、8日(火)日 *被災地・宮古市へ 「肉まん隊」の一員として肉まん炊き出しの手伝い。(岩手県宮古市 同行者8人)
 14日(火)*O氏と酒席 氏はNHKの要職を終えて某大学教授に就任。専門は放送概論。このたび定年退職。富山県で発生し、日本で最初に公害病と認定されたイタイイタイ病を「イタイイタイ病をめぐるテレビ報道のアーカイブス的検証」としてまとめられた研究論文は今日の公害病問題に対する解決策を示唆している。アウトドア−スポーツと日本酒をこよなく愛するインテリゲンチァ。再会が楽しみ。(東京・湯島の居酒屋)
 16日(木)*某特別養護老人施設主催福祉チャリティゴルフ 今回は、東日本大震災支援チャリティゴルフと銘打って開催。参加者は例年より多く120人余に。寄付金はすべて震災の義援金として被災地へ送られた。特養施設の理事長とは長いお付き合いの仲。(茨城・千代田CC 参加者約120人)  
 17日(金) *昼食会 還暦を迎えたので久しぶりに会いたいと2人の女性。2人とも家事を支えるために、また、自立するためにも若いころから今だに働いている。明るく、たくましい。それぞれ息子がいて、いい人と結婚してくれることを楽しみに、生きがいにしている。楽しいひと時。ありがとね。(蓮田市イタリアンレストラン)  
 19日(日)*関中一高会総会 首都圏在住の高校の同窓会 〜平泉の伝統を誇り、関高魂で、郷里の復興を支えよう〜 をスローガンに掲げ、総会・講演会・懇親会が行われた。講演会の講師は、40年以上スウェーデンで作家・翻訳家として活躍している同窓生のY女史。スウェーデンでは日本の震災をどう報道されたか。(1)緊急時対応が遅すぎる。(2)挙党内閣を作るべき。(3)駅などにシェルターを作るなどふだんの備えがない(無防備)。(池袋・ホテル・ベルクラシック 参会者約130人)
 22日(水)*母に面会 94歳になる母は老人施設でお世話になっている。毎週妻と面会に行っている。「おばあちゃん、長生きの秘訣は何ですか」「人の悪口を言わないこと。どんなことでも誉めること」 突然の質問に即答。母の持論。 
 25日(土)、26日(日) *おじの葬儀 我々甥や姪にとって親愛なるおじであった。お酒が好きで情が厚く、遊びに行くと大歓迎してくれたし、帰るときはいかにもさびそうに見送ってくれた。私の両親や兄弟が亡くなったときは涙を流して悔やんだ。ちなみに、おばが私の実家から嫁いでいておじとは血のつながりはない。農業のかたわら、区長を15年務めるなど地域にも貢献。孫、ひ孫それぞれ8人。清風軒景雲親民居士 おじの人柄を物語る戒名を頂いて黄泉の国へと旅立った。享年91歳、合掌。(宮城県栗原市
 27日(月 *三三会ゴルフ 首都圏在住高校同期生によるゴルフ(年2回)。年々参加者が少ない方で固定化。「これ以上減らないように同盟を結ぼうぜ」と誰かが発言。昨年まで参加していたS君が一週間前にがんで亡くなった。以前、前立腺がんを手術して元気になったが、今度は肺がんに。「がんなんか治るよ。そしたらまたゴルフをやるさ」と言って入院したが、心身共に頑強な男でも病魔には勝てなかった。今日は涼しくて緑も瑞々しいコースで、彼の弔いゴルフとなった。合掌。(参加者6人 茨城県取手市・利根GC
 人生の機微に触れる交友・交誼・邂逅の日々であった。