読書アラカルト(3)『逃避行』

これは、2003年12月発刊、直木賞作家・篠田節子の小説である。

逃避行

逃避行

 50代の主婦、妙子は愛犬ゴールデンレトリバー・ポポを連れて家出をする。実は、ポポは隣の家の子どもを噛んで殺してしまった。警察の調べによっては、ポポは家にいられなくなるばかりか、処分されることもあり得る。妙子は隣家へ謝罪し、責任の取り方を夫や娘に相談したが、妙子にとっては冷たい答えしか返ってこなかった。
 夫や娘は世間体に配慮しつつ、ポポを警察に渡して、その上で賠償について話しあうべきと主張して譲らない。妙子はポポに対して、また、自分にも温情を感じない夫と娘に幻滅し、家族というものに不信を抱いた。妙子は、夫の預金通帳と印鑑を持って、ついにポポとの逃避行を決断した。
 行く当てもない逃避行。しかし、早く自宅から離れて、少しでも遠くへ行かねばならない。歩いての逃避行なのでそれもはかどらない。夜遅くとか、深夜の犬の散歩は怪しまれる。早晩、警察は指名手配して探しにかかる。妙子は焦るばかりであるが、ポポがそばにいるので安堵する。
 国道へ出て、ヒッチハイクまがいの行動に出た。手を上げると、何台目かのトラックが止まって乗せてくれた。廃家や人目のつかない場所を選んで、怪しまれないように寝泊まりを続けた。
 日毎に野生化していくポポを実によく観察し、また、自らの体力の衰えを感じながら、家族の有り様、人間性とは、人生とは、と問い悩む妙子・・・・。逃避行もポポの終の棲家を探さねばならない時にさしかかってきた。


 もうこれ以上述べると、これから読んでみようとする人がいたら興ざめになるので止めておくが、たいへんスリリングでスピード感があり、早く結末を知りたい気持ちへ追いやられることしばしば。
 平凡な主婦が愛犬と逃避行に走らせたのは何か。決して愛犬物語的ではないので、それを読み解きながらページを追っていくので結構エネルギーを要した。私はペットを飼っていないが、ペットの飼い主だったらもっと違った読み方をするかも知れない。
 私はこの小説を当時の新聞の書評をもとに購入。篠田節子の作品は初めてである。さすが、自ら調べ、集めた緻密な資料とハードなストーリーで読み手をグイグイ引っ張っていく筆力は直木賞作家に相応しい。この小説を通して「人間はいろいろあるのだ。それで生きていくのだ」と著者は訴えている。
 なお、光文社より文庫本としても発刊されている。540円。
 篠田節子の著書は、他に「絹の変容」(第3回小説すばる新人賞)、「ゴサインタン」(第10回山本周五郎賞)、「女たちのジハード」(第117回直木賞)、「仮想儀礼」(第22回柴田錬三郎賞)などがある。