水の郷・佐原(さわら)へ

 先日、息子夫婦の案内で千葉県の佐原を散策した。佐原は江戸時代から明治・大正時代にかけて舟運交易の拠点として栄えた商都・交易都市である。当時、小野川両岸とその周辺には、河岸問屋、米・油問屋、蕎麦屋、醤油製造、書店、荒物・雑貨等の商工業者が軒を連ね、隆盛を極めていた。今も、当時の商家が建ち並び商都としての歴史的景観を残している。

成田から佐原へ向かう途中、街道筋の台地に竹やぶが多い。右は、佐原の景観に合わせたJR佐原駅舎。

三菱銀行佐原支店旧本館。大正13年(1914)に建築された洋館。現在は市の観光用に使用している。右は、日本で初めて実測による全国地図をつくった伊能忠敬旧宅。只今、震災による復旧工事中。忠敬は九十九里出身で、佐原の伊能家へ婿入りした。伊能家は米や酒づくりを営む大商家。家業の合間に天文暦学の勉強を続け、55歳から10回にわけて全国測量を実施した。

さっぱ舟に乗って両岸の風景を楽しむ観光客。このまま南下すると雄大利根川へ。右も小野川沿岸には旧商家が建ち並び、漬け物、佃煮、酒、醤油などのみやげ店になっている。

伊能忠敬旧宅前に架かる樋橋の「ジャージャー橋」。江戸時代に農業用水を送り続けた大樋のなごりで、あふれ落ちる水音から命名。今は、日中30分間隔で流している。右は、利根川。銚子の河口も近く川幅は広く、対岸の茨城も遠く見える。この辺りには、特産品直売の道の駅や観光船のりば、カヌーのりば、ボート係留桟橋などがあり、バードウォッチングも楽しめる。かつては佐原から運ばれてきた米、酒、醤油、野菜などがこの利根川を経由して江戸へと運ばれた。

 佐原は2006年3月、近隣4市町が合併して香取市(人口約8万人)となったが、それまでは昭和26年来、「佐原市」であった。米(出荷、千葉県第1位)をはじめとする農業を基幹産業として、また、歴史的景観を保存して街おこしに力を入れてきている。確かに、江戸・明治を彷彿させるような建造物、社寺、さらには祭などの伝統芸術も保存、継承している。
 この日は2月とはいえ暖かい日だったが、さらに陽気のいい時期にじっくりと散策する値打ちのある街だと思う。また、国は歴史的景観を保存していくために大胆に補助金を出すべきであると思った。