用事のない旅 森まゆみ著

 著者の森さんは伝説のタウン誌「谷根千」(谷中・根津・千駄木)の編集人として活躍しその後、数多くの文芸作品を著してきました。本書は、これまでの長い作家活動の中で、様々な旅を重ねてきた練達の作家による旅の随想・紀行文集です。

 

一人旅の流儀

知らない町で電車を降りる。駅舎と駅前広場が、私の第一印象となる。駅前には たいてい、その町の誇る偉人の像があったり、詩碑や句碑が建つ。それをぼんやり眺める。観光案内所で、駅周辺の地図を貰い、トコトコ歩き出す。これが私の旅の流儀だ。 

 

女一人旅ならドイツ鉄道旅行

43歳になって、再び十年パスポートをとった。旅は四十雀(しじゅうから)。以来、40回以上、海外に出かけた。私が見るのは主に人間である。何を食べているのか 何を着ているのか どんな家に住んでいるのか どんな仕草や表情をするのか 何で生活し、何を信じているのか 何が楽しくて何がつらいのか そんなことをじっくり見る。この夏、一人でドイツを旅して、初めて海外に一人旅するならドイツもいいなと思った。

 

インドの夜行特急

20年ぶりにパスポートをとって行ったのはインドだ。カルカッタの空港から市街まで、自転車にほろ車がついたリキシャに乗る。それだけで興奮した。夜中近いというのに人であふれる街。道路を偉そうに歩く牛、それをよけて飛ばすタクシー。その真ん中で遊ぶ子どもたち。二日遊んで夜行で海辺の町プーリーへ向かう。夜のハウラー駅。群青色の空に輝く宮殿のような赤い建物。構内はうす暗くて、売店の灯りがなつかしい。長いホームで私はリュックサックを抱え、列車を待っていた。寝台を予約したものの、それが何号車の何番かは列車が来るまでわからない。

  

 著者は、海外にはその他に、イタリア、プラハ、マドリット、リスボン等へも出かけています。国内は、北海道・厚岸、長野県・霧ヶ峰福島県・高湯温泉、東京都・谷根千地域、京都府北野天満宮愛媛県・松山、沖縄県読谷村等。全体は、38編の紀行文と巻末付録「まゆみの古寺めぐり」からなっています。そして、あるお百姓のおじいさんの言葉「失敗のない人生は失敗でごじゃります」を紹介。これこそ著者が最も「言いたいこと」に違いありません。 

 著者の着飾らず、率直に、「自分を語っている」ところに惹かれます。「生きることはつらい。だけど知らない町に身を置くと、そんなしょうもない人生も新しい角度で見えてくる。知らない町で、荒波のりこえて生きてきた人に出会って救われる」と語っています。

 「作家っていいな」と、思わず羨む。でも、尊い生き方を学べてありがたい。私はいつも受け身の人生なので、いつの日かどうしたら誰かにお返しできるか、余生の課題になった。

  用事のない旅  森まゆみ著  産業編集センター発行  1000円+税

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