読書アラカルト(23)「三省堂国語辞典のひみつ」  飯間浩明著 新潮社版

 著者は国語辞典編纂者。1960年以来の歴史がある『三省堂国語辞典』(三国 さんこく)第6版(2008年)から編纂に参加しています。本書執筆の理由として、「『三国』の世界に〜さらにはもっと広く、国語辞典の楽しい世界に、多くの人々をお連れしたい。辞書への手引きがしたい」と述べています。
 『三国』最新版第7版には約82,000項目が扱われています。その中には、新規や復活の項目が含まれていますが、その裏側には消えてしまった項目も多数あることや何度も消えかかったが生き残っているものもあり、そのワケやご苦労話を本書で解説しています。それが、この辞書の「ひみつ」ということになるのでしょう。兄貴分に当たる『新明解国語辞典』(初版1943年 三省堂)にも登場してもらい、『三国』をクローズアップしてみます。
 ぎん ぶら 〔銀ぶら〕(名・自サ)〔俗〕東京の銀座通りをぶらぶら散歩すること。〔大正時代からのことば。「もと、銀座でブラジルコーヒーを飲むことだった」という説はあやまり〕*『新明解』東京の銀座通りの商店街を冷やかしながら散歩すること。
 ナウ〔now〕〔俗〕(一)(形動ダ)現代的。ナウい。「〜な感覚」〔1970年代からの言い方〕派生 ナウさ。(二)(副)〔「ナウ」と書く〕〔ツイッターで〕今・・・〈して/に〉いる。「大学〜」〔2009年に広まった使い方〕*『新明解』(now)現代感覚にフィットしている様子。
 ナウ・い(形)〔「ナウ」を形容詞化した語〕〔俗〕ナウなようすである。「〜セーター」〔1979年から流行したことば〕
 「ぎんぶら」は大正時代からあったこと、銀座でブラジルコーヒーを飲むことという説をきっぱりと否定するなどなかなか幅広い語釈ですね。「ナウ(い)」は改版ごとに何度も消えかけたのですが、マスコミや漫画等で少なからず使われており、携帯の普及で「銀座ナウ」のように延命しています。流行した年代を載せているのも『三国』の自慢のようです。
 ライター(名)〔lighter〕発火石をこすってタバコの火をつける器具。*『新明解』〔lighter〕たばこに火をつけるための小型の着火装置。
 編纂者はこの語釈に疑問を抱きました。コンビニでは2種類のライターが売られていて、一つはヤスリ式でこすって火をつけるものと、もう一つは電子ライターでボタンを押して火をつけるものでした。発火方法に違いがあるのではないかと二つのライターをバラバラに分解したところ、それぞれ発火石と圧電素子を使っていることがわかり、「発火石をこすって」は不適切であることに気づいたのです。そこでさっそく原稿を次のように書き換えました。
 ライター(名)〔lighter〕タバコの火をつける器具。
 国語辞典の語釈をより正確に、実感を込めて、魅力あるものにするためにこのような編纂者のご苦労があることを知り、辞典への興味がさらに深まりました。。
 また、『三国』と『新明解』の対比も興味深く、前者は、読む人の胸にすとんと落ちるように、簡単に書くこと、としています。後者は、ことばの微妙な陰影をうまく表し、思わずにやりとしてしまうような語釈に努めているように感じます。
 あばれん ぼう 『三国』 乱暴な行動をする男。あばれんぼ。 『新明解』 青春のはけ口を活発な行動に求め、時には世人のひんしゅくを買いかねない人。
 辞書編纂者である本書の著者はあらゆる所から現代語の用例を採集する日々を送り、「辞書を編む」ことを楽しんでいるのではないでしょうか。それは卓越したことばの採集力や幅広い語釈が証明しています。
 最後に、第7版で新項目として「猫砂」を取り上げています。我が家でも、長男夫婦が飼っている猫を連れてくることがあり「猫砂」は馴染み深いものになっています。材料は紙をチップス状に固めたもので排泄時に猫には必需品です。ねこを飼っている世帯が1000万近いと言われており、「猫砂」の『三国』入りは当然でしょう。現代語なら、どんな材料でも採集対象にするという『三国』の執念を感じさせられた感動の項目であります。
 ねこ すな[猫砂](名)飼いねこのトイレに敷(シ)きつめる砂状のもの。尿(ニョウ)をふくむと固まる。
 新潮文庫 550円(税別)初版 平成29年2月1日発行  三省堂国語辞典 第7版(大判)2900円+税